嘘がまかり通る法廷。本人訴訟で暴かれた「裁判所と弁護士」の無責任な構造

現在、私は原告として、ある企業に対して業務委託報酬の未払いを巡る民事訴訟(損害賠償請求)を本人訴訟で戦っています。着手から約半年。この法的手続きを自ら進めてきて痛烈に分かったのは、日本の司法制度が抱える「残酷なリアル」と、正直者が圧倒的に疲弊する構造です。

本日は、実際に法廷という戦場に立たなければ絶対に分からない、3つの不条理な真実を深掘りして共有します。

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裁判所は「真実を暴く場所」ではなく、ただの媒介者

多くの人が「裁判所は事実関係を調査し、正しい裁きを下してくれる場所」だと誤解しています。しかし、民事訴訟における裁判所には「自ら真実を暴こうという意思」は一切ありません。

裁判官はあくまで中立な「仲裁者・媒介者」に過ぎず、両者から提出された証拠だけを見て判断を下します。つまり、証拠がなければ真実であっても「存在しないもの」として扱われます。原告である私は、「なぜこの費用が支払われるべきなのか」という客観的な証拠を、血の滲むような思いで一つひとつ積み上げなければならないのです。

「言ったもん勝ち」を助長する、相手方弁護士の合法的な無責任

さらに絶望的なのが、被告側とその代理人である弁護士の対応です。 今回の被告であるA社は、明確に仕事を依頼し、納品を受け取っておきながら「仕事をしていない」という真っ赤な嘘をつき、一方的に支払いを拒否してきました。

驚くべきことに、相手の弁護士はその主張が「嘘か本当か」を検証する義務を負っていません。「本人がそう言っている」という理由だけで、証拠もなしに「不服である、払う理由がない」という理屈を捏造し、法的な書面に仕立て上げて反論してきます。彼らは真実を追求する正義の味方ではなく、単なるクライアントの「無責任なスピーカー」です。

そして、仮に裁判で被告が負けたとしても、弁護士は着手金と「事件がクローズしたことによる成功報酬」を受け取ります。誰も責任を負わないまま、嘘をついた者とそれを代弁した者が守られる。これが現在の法律の解釈なのです。

嘘か本当かも分からない相手の主張に対し、こちらは常に反証と新たな証拠の提出を強いられます。

裁判官:「原告はこう主張していますが、被告は意見がありますか?」

被告:「払う理由がありません(証拠なし)」

裁判官:「被告はこう言っていますが、原告、他に証拠はありますか?」

このような不毛な書面の応酬を繰り返すだけで、なんと約6ヶ月もの時間を費やし、たった4往復しか進んでいません。相手方は明らかに時間稼ぎをして原告が諦めるのを待っており、旧態依然とした法制度はそれを許容しています。「やった側(訴えた側)が圧倒的にしんどい」仕組みになっているのです。

それでも戦う理由。無法を許さない「経営者の筋」

最終的な回収額が減額されたり、最悪ゼロになったりする可能性すらあるのが民事の現実です。弁護士費用や膨大な労力、奪われる時間を考えれば、ビジネス的には「割に合わない」戦いかもしれません。

それでも私がこの訴訟を取り下げない理由はただ一つ、「経営者としての筋を通すため」です。

依頼した仕事の対価を払わず、嘘をついて逃げ切ろうとする。こうしたビジネスの根幹を破壊する「無法」を許してしまえば、社会には嘘つきと詐欺師が蔓延します。金銭の回収はもはや二の次です。私たちが積み上げた客観的な証拠の前に、裁判官も「これは認めざるを得ない」という心証を抱きつつある段階まできました。

資産や事業を構築する人間として、絶対に曲げてはいけない信念がある。どれだけ泥臭く、しんどい道のりであろうと、私はこの「無法」を正すために最後まで戦い抜きます。

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